テニスクラブのContrast 〜嬉し恥ずかしデートの対比。 前編〜

レッスンが終わる頃のプリンステニスクラブ、その敷地内の
2箇所では以下のような会話が繰り広げられていた。

「じゃ、今日はこれでオシマイ。」
「有り難う御座いました。」
「あ、そーだ、ちゃんこの後ヒマ?」
「え、あ、まぁ…。」
「それじゃ、着替えたらロビーで待っててくれる?」
「え?」

「ほな、ありがとーございました。」
「おい、お前この後空いてるか。」
「ふぇ?まー、一応…」
「なら着替えてから外で待ってろ。言っておくが、
逃げんじゃねーぞ。」
「はい?」

何やら今日も対比の予感…




さんの場合』

テニスのレッスンが終わったら友人であるさんと
一緒に帰る、というのがさんの常である。

しかし今回に限って彼女は学校の制服に着替えて、
先にさんと別れてしまった。
そんでもって今はテニスクラブのロビーで1人突っ立っているという状態だ。
それも彼女の担当メインコーチである千石氏のお達しによるものなのだが
制服で立ちっぱなしの姿は目立つのか人目が気になってしょうがない。
大体、レッスンは終わったというのに一体千石氏は
どういうつもりなのか。

「おまったせ〜♪」

いい加減落ち着かなさが頂点に立った頃、オレンジ色の頭がひょっこり姿を現した。
さんがロビーで待ち始めてから時間にして10分程のことである。

「やー、ゴメンゴメン。残りの仕事片付けるのにちょっと手間取ってさー。」

誰も遅いとなじった訳でもないのにわざわざ言い訳をするこの青年はどうなのか。
が、勿論そう思ってても口にするさんではない。

「あれ、ちゃん。」

一方、千石氏の方はそんな少女の心境なんぞまるっきし
気づかずに自分の興味が赴くままである。

「その制服、もしかしてあそこの学校?」

何を今更、とさんは思った。
実は前にも彼女はこのコーチに自分の学校の話をしたことがあるのだが、
どうやら千石氏は完璧に忘れてしまっているらしい。

「いやぁ、やっぱちゃんに似合ってるなぁ。カワイイ☆」
「ハァ、どうも…」

相変わらずさんという人は自分の外見を褒められても
今ひとつピンと来ない。
そして千石氏と言う人も相手の反応を全然気にしない。

「よっし、そんじゃいこっか♪」

 ワシッ

「い、行くってどこへ?」

ハッと気づけば腕を掴まれてる状況にさんは動揺して
尋ねた。

「決まってるでしょー。」

千石氏はニンマリ笑って言った。

「デートだよ☆」
「ハアァッ?!」

あまりに唐突な展開に少女は声を上げた。


さんの場合』

さんと別れて同じく制服に着替えたさんは
クラブの門の前で担当コーチを待っていた。

「ううう、くそー。あの俺様コーチ、まだ来ぉへんのかいな…」

辺りに人がいないのをいいことに少女はブツブツと
ひとりごちる。
こいつはいつもブツブツ言ってばかりだな、と
言ってはいけない。
何故なら彼女は既に30分は外に突っ立っていたからである。
本当は冗談0%で待たずに逃げようと考えていた。
何せ相手があの跡部景吾氏だ、一体全体何をたくらんでいるやら
わかったものではない。
だがしかし、ここでトンズラなぞしようものならそれこそ後日
ろくでもない目に遭わされる。それはそれで非常に宜しくない。
で、さんが出した結論は『待っとくしかしゃあないなぁ』となった訳だ。

でもそろそろ限界だ。夏といえど日が暮れると気温が下がる。
そんな中で30分も立ちっぱなしではいくら我慢強い(本人談)の
さんでもいい加減うんざりしてくる。

後日ネチネチ厭味を言われることを覚悟してソロソロと
その場を去ろうとした瞬間だった。

  ゴオッ キキィッ

いきなり彼女の目の前に黒くておっきくて日本の公道で
走らせるのはあまりお勧め出来ない類の外車が止まる。
そんで状況が理解出来ずに口をパクパクさせている
さんをよそに窓が開いたかと思えば
少女の担当メインコーチ殿が顔をのぞかせる。

「おい、。てめぇ一体どこ行くつもりだ、ああ?」
「いや、べっつにー…」

職質並みの跡部氏の問いかけに『トンズラしようとしてました』なんて
答えを求めてるのだろうか、
さんは一瞬的外れなことを考える。

「まさか逃げようとしてた訳じゃねぇだろうな。」

しかも跡部氏にはきっちりバレていたり。大人は侮れない。
しかしさんにとって有り難いことにそれに関しては
跡部氏の突っ込みはなかった。
代わりに彼は着替えた自分の生徒をしげしげと眺めている。

「ほぉ、その制服、あの学校か。」

これが少女マンガならこの後褒め言葉が来るものだが生憎
ここでそれは期待出来ない。

「昔あそこで練習試合をしたことがあるが、
てめぇみたいなボケを入学させるとは質が落ちたもんだな。」

ガンッ!

さんは一瞬、突っ込むことも不能になる。

どうせひどいこと言われるとはおもてたけど…
いきなしそう来たか!

「まぁ、いい。それより車に乗れ。」
「ハイ?!」
「あんだ、その不満そうな声は。さっさと乗れ。」
「な、何でーっ!」

拉致る気かいっ、と頭の中で突っ込みを入れてるにも
関わらず、少女は黒い外車の中に引きずり込まれた。


ニッコリ笑って引き摺られる、かたや強引に乗せられる、
連れて行かれる方法だけでもこうも違いがあるもんか。
だが無論、事はまだまだこれからである。


さんの場合』

さて、いきなし高級外車の後部座席に乗ることとなった
さんは凄まじく居心地の悪い思いをしていた。
ただでさえ彼女は乗り物酔いしやすい性質タチの上
同乗してるのがあの跡部景吾氏なのだ。
常日頃からクラブで一、二を争う受難者のさんにとって
これは『やってられへんことワースト3リスト』に余裕で入る。

しかも不安なことに、跡部氏は自分の生徒にこれから
どこへ行くのかとか何の用事があるのかとか肝心の部分を
伝えることを完璧に怠っている。

これでは居心地悪くなるのも仕方がないだろう。

「あ、あの〜」

不安に駆られまくった少女は額に冷や汗流しながら助手席に
座っている自分トコのコーチにおそるおそる話しかけた。
言うのを忘れていたが、それまで車内は沈黙状態だったのだ。

「何だ。」
「これからどこに…いや、行くんですか?」
「………。」

 ゴスッ

「いっ…つーっ!」
「どさくさに紛れて人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ、このバカ。まぁとりあえずだな、」

裏拳をモロに食らった鼻筋をさすりながらさんはコーチの言葉を待った。

「行けばわかる。てめぇは黙ってついてこい。」

さんはここで『結局それか、この俺様コーチ!』と叫ぼうとしたのだが、

「もっぺん食らいてぇのか?」

怖い兄ちゃんに横線の影付きで凄まれ、慌てて
助手席に乗り出していた体をリアシートに戻す。

「まるっきし職業番号893番さんやなぁ…」
「誰がヤクザだ。」

そんなこんなで俺様コーチと突っ込み少女を乗せた
高級外車はとある建物の前で止まった。

「降りるぞ。」

跡部氏に言われてさんはシートベルトと格闘する。
車のない環境で育っているさんはシートベルトの着脱に全然慣れていない。

「お前ろくすっぽ車に乗ったこともねぇのか、明らかに現代人じゃねぇな。」

コーチに鼻で笑われて思わずぶん殴りたくなるのを
我慢しながら少女はようやっとシートベルトを外す。
そして車を降りたその時、さんは思わず呻いた。

「ゲッ!」

瞬間、跡部氏の手が彼女の頭を薙ぎった。


さんの場合』

強引に千石氏に『デート』に連れ出されたさんも
現在千石氏の車で移動中だった。

その友ほど不遇ではないものの、居心地の悪い思いをしてる点では
彼女も同じである。
それもそのはずで、いきなりデートに行こうなんぞと言われて
しかもうんともすんとも言ってないのに車に乗せられりゃ
誰だって落ち着けるもんではない。

「フンフフンフンフ〜ン♪」

そんな生徒の思いも知らずにデートに連れ出した当の本人は
ハンドルを握りながらご機嫌だ。

どうよ、これ。

さんは思う。

1人で勝手にご機嫌になっちゃって。

尤も、さんとしても千石氏のコレにはいい加減
慣れてしまった節があるが。

「悪いね、ちゃん、急に付き合わせて☆」

わかってるならやるんじゃないという話だが、悪いと思ってない確率は150%である。

「だけど、機会逃しちゃうのは勿体無いしねー。こう見えて俺も忙しい人だしさっ。」
「ハァ…」

どうコメントしたもんかわからず、さんは間抜けな返事をするしかない。

「実はこないだもちゃん誘おうかと思ってたんだけどさ、
鳳クンに仕事が残ってるってとっ捕まっちゃったんだよね、
アッハッハ。」
「大変ですね、鳳さんが。

  ガクッ

「そ、そーなるの…?」

千石氏はがっくりするがさんは容赦ない。

「いいから前見て運転してください。」
「………はい。」

生徒に注意されてガックリしてるようでは千石氏もまだまだであると言えよう。

「それより、」

ハンドルの上に突っ伏してピクピクしてるお兄さんの情けない姿は
見なかったフリをしてさんは
『どこへ行くんですか』という当然の疑問を口にしようとした。

「あっ、そうそう!」

いきなし千石氏はガバァッと起き上がる。
例によって彼の復活速度は速い。

ちゃん、お腹すいてるでしょ。」

大変唐突な発言だが、

「え、ま、まぁ…」

それに返事をするさんも大概お人よしである。

「じゃ、まずは腹ごしらえだね☆」
「いえ、その…」

勝手に話を進められるとさんとしては困る。
が、千石氏は何を思ったのか

「大丈夫だって、俺のおごりだからさっ!」
「そ、そーじゃなくてっ!」
「いーからいーから。」

ピンボケなことばかり言ってそのまま車を進める。

「コーチ、わざと人の話聞いてないんじゃ…」
「え、何か言った?」
「もう、いいです。」

そんでもって車はとある店の前で止まったのだった。




そもそも連れまわしてるのが正反対の性質の
人達なのであるから、少女達がそれぞれ足を踏み入れることになる場所にも
随分と差が出てくる。
という訳で一旦車を降りたさんとさんはそれぞれ
違った経験をするわけだが、はてさてどうなるやら。


さんの場合』

さんは戸惑っていた。
彼女はこれまで何度も人生最大の受難だ、と感じた瞬間があったが下手すりゃ
これは正真正銘『人生最大の受難』になりそうだった。

「あの〜」
「お前また質問かよ、今度は何だ。」
「何で私がこんなトコ歩かなアカンのでしょうか。」
「何言ってんだ、テメ。」

それはこっちの台詞やがな!

自分の前をえらそーにスタスタ歩いている青年に向かって
さんは巨大な突込みを心の中で入れる。
それもそのはず、彼女が今跡部氏に連れられて歩いてるのは子供でもそれとわかる
金持ち御用達の高級ブランド店ばかり入ってるような建物の中だったからだ。

所謂ブルジョアとでも言うのだろうか、『私は金持ちです。』と
体中で表現してるような人達が男女問わず闊歩してる中に
庶民全開の少女が何の前触れもなく引っ張ってこられたんじゃ
戸惑うなという方がまず無理である。

「黙って来ればいいって何度言やわかる。
たまにゃ素直に言うこと聞け。」
「一遍死んでこいや。」
「…………。」

  ギュッ

「!!」

無言無表情でキレた跡部氏に足を思い切り踏まれさんは
叫びそうになるが、場所が場所なので我慢せざるを得ない。
涙目でふと前を見れば担当コーチが笑みを浮かべている。

『バーカ。』

その顔は明らかにそう語っていた。

んの野郎!!
さんが叫びたくてもそれもかなわない。
結局足の痛みに涙を呑みつつ、1人でさっさと先に行って
しまう俺様の後をついていく格好になる。

明らかに場違いな少女が見目だけはよい青年と一緒にいるせいか、
通りすがりのお姉様や奥様方の目が気になるし、
前を通る店通る店にやたら高級な品々が入ったショウケースが並んでいて目が
チカチカしてしょうがなかった。

そうして連れて来られたのはこれまた服飾の中でも
更に高級なのを扱ってそうな店である。

「入るぞ。」
「え゛。」

跡部氏に言われてさんは後ずさりした。
頭の中では『阿呆かアンタは、こないなとこに私が
足踏み入れたらつまみ出されるの確実やろーっ!』ってな
文字列が点滅しながら流れている。

「わ、私はここで待ってますんで…」
「ああ?」

既に逃げ腰の少女を跡部氏はジロリと一睨みする。
そして、

  ワシッ ズリズリ

何故だとさんが思うまもなく、

「いらっしゃいませ。」

コーチと少女は営業スマイル全開の店員に出迎えられる。
跡部氏の反応を見たところ、どうやら彼はこの店の常連らしい。
人を無理矢理連れておいて店員の前では素早く猫をかぶる
跡部氏にさんは背筋に冷たいものが走るのを感じる。

「あの、そちらの方は…」

案の定店員がさんを見とがめた。
多分自分トコの常連客が制服を着てる子供を連れてるのが
気になるのだろう、凄く不審そうな目である。
それだけでも少女にとっては気分が悪いというのに、

「妹さんですか?」

店員の言葉にさんの全身がゾワワワッとなった。

誰が誰の妹やて?
じょーだんちゃうで!

だがそう思ったのはさんだけではないようだ。

「まさか。」

苦虫を噛み潰したみたいな顔で跡部氏が言った。

ただの連れですよ。」

その後彼が店員に聞こえないように
『こんなのが妹でたまるか。』
と呟いたのをさんは聞き逃さない。
アンタに言われとないわ、と思う。

一方の跡部氏は品定めをしながら店員と話し込み始めた。
さんはその隙にこっそり逃げようかと思ったのだが、
一瞬だけ振り向いたにーちゃんの目付きが凄く怖く、それは
断念して一定距離をとって様子を見るだけにしておいた。

彼女を散々脅した跡部氏の態度が店員の前では
あまりにもコロッと変わってるので非常に気分がよろしくないが
言うだけ無駄なのはこれまでに経験済みである。
少女がいつか絶対どついたるだの、いや、寧ろ狙撃したろかなどと
物騒な発想で気を紛らわせている間に跡部氏は自分の気に入った品を
さっさと選んで会計を済ませにかかっていた。
が、そこはさすが天下の(?)跡部景吾だ、会計一つでも
人の度肝を平気で抜いてくれる。

「!?」

さんは息が止まるかと思った。

あ、あれってもしや…噂に名高いブラックカードちゃうん?

もしかせんでも見ての通りだ。
跡部氏が優雅に(さんに言わせれば無駄に格好つけて)提示してるのは
限度額がないというあのすんごい代物である。

有り得ん。このにーちゃん、ホンマに有り得ん。

そんでもって買い物を終えた跡部氏はさんと一緒に店を出る。

誰や、アンタ。
思い切り上品なぼっちゃんを気取ってからに…

店員に向かって優雅に微笑むコーチにさんは内心で
苦言を呈する。

「おい、。」
「………ハイ。」
「持ってろ。」
「ハイ?」

  ボフッ

問う間もなくさんはいきなしでっかい紙袋を
2つも3つも押し付けられる。

「落とすなよ、もし落としやがったら弁償してもらうからな。」
「まさか私を連れてきたのって…」

嫌な予感に顔を青くする生徒に向かって跡部氏はフン、と鼻で笑った。

「丁度手近に荷物持ちに出来る奴がいなかったんでな。」
「──────!!」

やたらきらびやかな空間の中、気絶しそうな心持でさんは思った。

こいつっ!
ホンマにいつか痛い目に遭わしたるっ!!

やっぱり人生最大の受難かもしれない。


さんの場合』

さんはボーッとしていた。
元より感動の薄いところがあるさんだが、一体こういう
場合もどう反応したらいいのかよくわからない。
しかし、その一方で彼女を引っ張ってきた張本人はメッチャ
ご機嫌であった。

「ほら、ここここ!」
「はぁ…」

ニマニマしながら千石氏が指差す先を見ながらさんは無感動に呟いた。

このボケボケコーチに突っ込みを入れたあの後、車から
降りたさんが連れて来られたのはどうやら飲食店、
それも察するにお好み焼き屋らしきトコだった。

「ここ評判のお店って聞いたから探してたんだよねー。」

とは言われてもやっぱりさんには反応のしようがない。
彼女にしろその友にしろ、世間で評判になってるからと言って
いちいち興味を示さないのだ。
とりあえずさんとしては頭から16分音符を飛ばしながら
喋るコーチを横目で見つめるだけである。

「そんでやっとこないだ見つけたんだ。おかげでちゃんを
 不二クンに頼まなきゃなんなかったけど☆」

ちょっと待って。

「まさか…」

『千石はね、急にのっぴきならない用事が出来たって。』

こないだ千石氏の代わりに急遽やってきたニコニコ青年の
言ってたことがさんの脳裏に蘇る。

「うん、そゆこと。」
「そ、そんなことで…!」

さんは抗議の声を上げる。無理はない、
何せこないだこの御仁が休んだ時、彼女は人体に良くない
気配が充満するコートで仲の悪い兄ちゃんらに挟まれて散々迷惑したのだ。
しかし、お気楽コーチにしてみりゃ知らぬが仏である。

「何言ってんのー、俺にとっては重大事項なんだよ?せっかくちゃんと
行くんだからってわざわざデートコース考えてたんだからさ〜。」
「それは嬉しいんですけど…」

その為にレッスンまですっぽかされては生徒の方は困りもんだ。
何とかにつける薬はない、とはよく言ったもんである。

「そんじゃ、こんなトコで突っ立っててもなんだし、
さっさと入ろっか♪」

千石清純、現在向かうとこ敵なしのようだ。

で、結局さんは千石氏と共に店の中に入ることに
なったのだがこれがまたよろしくない。
何せ千石氏が仕事をサボってまで探したよーな
評判のトコだ、中は客でごった返しててやかましい。
それだけならまだプリンステニスクラブの食堂やさんと
共にたまに入る飲食店で多少慣れてるけれど、連れが
自分より7つは上の人なのだ。
歳の離れた2人組は自然、人目を惹く。しかも、

ちゃん、何してんの。ほら、こっちこっち☆」

千石氏が年甲斐もなくウキウキしてるもんだから恥ずかしい。

「あ、あの、コーチ、あんまり大きな声で…」
「えっ、何?聞こえないんだけどー。」

さんは今回に限って自分が友人ほど声が大きくないことを恨む。
尤も、仮にさんがハスキーヴォイスじゃなかったとしても
千石氏が話を聞いているかどうかは疑わしいが。

「席はやっぱ奥の方がいいよねっ、なるべく邪魔されたくないし♪」
「…何でもいいです。」

空腹が進んでるのも手伝ってさんは既に投げやりだ。
そんな状態だったもんだから、彼女は自分トコのコーチが
テーブルについてからも勝手にペラペラ喋ってるのを
ちゃんと聞かずに適当に返事をしていた。

「んじゃ、注文決まりだね☆」
「あっ…ええっ?!

気がついた時にはもう遅い、千石氏は(そらもー満面の笑みをたたえて)
店員に注文をしている。
辺りがやかましいので彼が何を頼んだんだか聞こえず、
さんの不安が募る。

もし苦手な具が入ってるヤツ頼まれてたらどうしよう…。
お好み焼き屋にいるのに気分は闇鍋だ。

ちゃん、さっきからボンヤリしてるけど大丈夫?」

あんまりにも自分の生徒の様子がおかしいのに気がついたのか、
千石氏が顔を覗き込んでくる。

「大丈夫です、それよりいつものことですけどあんまり
顔見ないでください。」

さんにしてみれば、とりあえず自分の思うところを述べただけだった。
ところが、この場合相手が悪かったといわざるを得ない。

ちゃんってさ、ホント自分のことわかってないよね〜。」

水を口に含みながら千石氏は言った。

「せっかく美人なのに。」

そーゆー台詞は公衆の面前で、それもわざわざ少女の頬に
手をやりながら言うもんではない。
現に近くのテーブルにいた人がギョッとしてこっちを見ている。
うち1人なんぞはジュースを吹きそうになって慌てて堪え、
しかも無理にそんなことをしたせいで苦しそうに胸を
叩いている。気の毒に。

「コーチ。」
「何?」

何を勘違いしてるのやら、ニマニマしてる千石氏にさんは言った。

「あんまり恥ずかしいことばっかりしたら私、帰りますから。」
「ええーっ、そりゃ困るよー!?」

 バーン!

千石氏が勢いよく立ち上がってしまった為、半径2メートル以内が静まり返る。

「あ…。」

辺りに響くジュウゥゥゥという音が虚しかった。


To be continued.


作者の後書き(戯言とも言う)

散々更新遅らせといて、しかも前編ってどーゆーことやねん。

…と、先に自分で突っ込んでおきます。
当初は一話で片付けるつもりだったけど、友人とネタを練ってたらとてもじゃないけど
一話じゃ無理っちゅー結論に至ったもんで。
ともかくとーとーやっちまいましたよ、デート編。
友人と練った(?!)ネタはまだまだありますから後の話でも出来うる限り詰め込みたいと思います。
ヒロイン達がどーなるのか、どうぞ後の話をお楽しみに!


2005/04/05

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